鎌先温泉と白石城(後編)

Breakfast Zouni 明けて2012年1月1日。朝食のテーブルには、伊達巻きや蒲鉾、筑前煮など、お正月らしいお料理が並びました。嬉しいことに、お雑煮とあんころ餅も付いています。


この日は市内の観光地がいくつか開いているとのこと。フロントでタクシーをお願いしたところ、宿の方が白石城まで送り届けてくださいました。白石蔵王駅へ向かうために同乗した宿泊客のご夫婦によると、前日はお城の門が閉まり、周囲も閑散としていたそうですが、この日は人の往来も多く賑やかです。

Castle Castle2 白石城は伊達家の重臣・片倉氏の居城でしたが、明治維新後に解体され、現在の建物は平成7年に復元されたものです。東日本大震災を受けても、木の骨組みはびくともしなかったそうですが、壁はかなりの被害を受けていて、綺麗な白壁に大きなヒビが入っているのが痛々しく見えました。建物の中へ入ると、白い壁のあちこちに青い斜線が引いてあるのが目につきます。Zaoh すべて修理が必要な箇所ですが、冬季は漆喰が凍ってしまうため、修復工事は暖かくなるまでお預けなのだそうです。

急な階段を注意して上り、最上階の戸を開けて外へ出ると、遠くでは雪化粧した蔵王の山々が銀色に輝いていました。

Shrine お城を出た私たちは、近くの神社へ。地元の皆さんが初詣に出掛ける場所のようで、かなりの長さの行列ができており、「白石高校合格祈願」などと書かれた絵馬が目立ちました。昨年は震災を始め各地で多くの自然災害がありましたが、今年は穏やかで明るい年になるとよいですね。



白石城歴史探訪ミュージアムで、白石城を舞台にした30分ほどの3Dハイビジョン映像を楽しむと、時計は正午をだいぶ回ってしまいました。地元の名産で昼食といきたいところですが、この日は1月1日。ガイドブックに載っているお店に何軒か電話をしても、留守番電話が「新年は4日から営業します…」などと言っています。

Umen Ichifuji そこで、タクシーを呼んで、運転手さんに相談してみることにしました。運転手さんも「元旦ですよね…」と考え込んでしまいましたが、心当たりのお店を順番に回ってくださり、3軒目で営業中のお店を発見。大変な割には距離が出なかったのに、「よかったですね!」と嬉しそうに言ってくださった運転手さん、ありがとうございます! おかげで、とても美味しい白石温麺(うーめん)をいただくことができました。

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鎌先温泉と白石城(前編)

大晦日には私の実家(栃木)へ行って1泊し、元日に戻ってきて一息ついてから、3日に夫の実家へ…というのが例年の年末年始の過ごし方なのですが、今年は義父母と一緒に東北の温泉へ出掛けてきました。

実は今回の温泉、予約をするまで名前も知りませんでした。義父母宅が横浜にあるので、2人の体力的な負担を考慮すれば、アクセスの良い箱根や熱海などがまず候補に挙がるはずですが、学生時代を仙台で過ごした夫は「お金を使うなら東北で」と考えていて、それ以外の場所は全く頭にないようです。とはいえ、すぐに思いつく東北の有名な温泉地は、新幹線に長時間乗らなければ着かない遠方か、新幹線を降りてから在来線やバスに長時間揺られなければならない場所がほとんど。どこかにアクセスの良い東北の温泉はないものか…。

悩んだ嫁(=私)がインターネットを駆使して見つけたのが、宮城県南部にある鎌先温泉でした。新幹線が停車する最寄り駅は白石蔵王で、東京から約2時間。駅からもタクシーで15分ほどと、求める条件にピッタリです。

Suzukiya 出発は大晦日。白石市内の観光地はすべて休業とのことで、まっすぐ宿へ向かうことにしました。お世話になった「すずきや旅館」さんは、1764年創業の老舗。ロビーや廊下に飾られた活け花や置物が上品で、さりげない心遣いを感じます。この日は満員御礼で、従業員の皆さんはかなり忙しそうでしたが、私たちの部屋を担当してくださった女性の素敵な笑顔が印象的でした。


大晦日ということで夕食はちょっと奮発し、グレードアップ・プランをお願いしておきました。品数豊富で盛りつけも綺麗。お造りには大きな甘エビとカニの足も乗っていて豪華です。義父母にも喜んでもらえたようで、まずは一安心です。

Dinner Dinner1 Dinner2





元々、湯治場として知られた鎌先温泉。「すずきや」さんには、大浴場が2つと古代檜の露天風呂があり、大浴場は午後6時に男女ののれんが入れ替わります。早めにチェックインしたので、両方のお湯を楽しむことができました。             

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ケッパレ東北! ボランティアライナーの旅5

Bonnetbus 船を降りた私たちを出迎えてくれたのは、昔懐かしいボンネットバス。このバスと、元々乗ってきた観光バスに分乗し、浄土ヶ浜へ向かいました。

浄土ヶ浜は三陸を代表する景勝地で、鋭く尖った白い岩が林立する独特の景観を誇っています。浜の名前は、天和年間(1681~1684年)に、宮古山常安寺七世であった霊鏡竜湖が、「さながら極楽浄土のごとし」と感嘆したことに由来するのだそうです。

先程まではあいにくの曇り空で、時折、小雨もぱらついていましたが、すっかり晴れて日が射してきました。明るい空の下、白い砂浜の向こうに奇岩が並ぶ光景は、どこか別世界に迷い込んだようです。波は静かで、あの日、この同じ海が牙をむいたことが信じられません。
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Resthouse

ここは本来、人気の海水浴場なのですが、今年は残念ながらその開設が見送られました。レストハウスも修理中で、海水浴客の代わりに、砂浜に流れ着いたゴミを熱心に拾う、地元の方らしい姿がありました。来年の夏は、この綺麗な砂浜に、水遊びを楽しむ子供たちの声が響くことを切に願ってやみません。

私たちツアーの一行は、この浄土ヶ浜をバックに全員で記念撮影。初対面のメンバー同士、一緒にいたのは短い間でしたが、源水川で共にヘドロと格闘し、一気に親近感がわいたような気がします。この時の写真は、岩手県北観光さんのホームページに掲載される予定とのことで、楽しみにしています。

(9月8日追記 添乗員さんのレポートとこの時の写真がこちらに掲載されました。)

5回を重ねた「ボランティアライナーの旅」はこれで終わりますが、ここに書いたのは、あくまでも私が見てきた岩手県の釜石市、大槌町、山田町、宮古市の、ごく一部の様子です。今回は活動内容が川の泥かきだったこともあって、被災された方の生活の様子などを直接目にする機会はなく、遠くから見た限りでは、壊れた建物の撤去なども比較的順調に進んでいる印象でした。

一方、ほぼ同じ時期に宮城県・石巻市の郊外で活動していた夫によると、ニュースなどで頻繁に報道される町と町との間には、小さな集落がたくさんあって、地盤沈下で水が引かなかったり、唯一の橋が落ちてしまったりといった事情で重機が入れず、津波が押し寄せた直後の状態のまま、ほとんど手つかずで残っているのだそうです。このように、一口に「東北」や「被災地」と言っても状況は様々で、必要な支援も異なります。震災から間もなく半年が過ぎようとしており、今後、ニーズは益々多様化してくることでしょう。

Kizuna 今回、力仕事では限界を感じましたし、東北へ度々出掛けるのも難しいですが、現地で必要とされている支援を敏感かつタイムリーにキャッチできるように、情報収集のアンテナだけは、常に高く伸ばしておきたいと考えています。そして、そう遠くない機会に、(純粋な観光旅行になってしまうかもしれませんが)再び東北を訪れることができれば…と思っています。

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ケッパレ東北! ボランティアライナーの旅4

Hotel 翌朝、目を覚ますと、背筋と腕を中心に全身が筋肉痛。他のメンバーからも、「今日、もう1日あの仕事なんて、できないよね…」といった声が聞こえてきます。一方で、まだまだ物足りないというメンバーもいらっしゃったかと思いますが、少なくとも私に関して言えば、活動日1日だけの観光付きツアーに参加したことは、体力的に妥当な選択だったようです(ちょっと、いや、かなり情けないですが…)。ともあれ、今日は気分を切り替えて、観光を楽しむことにしましょう。

Ship Uminekoバスが向かったのは、ホテルにほど近い浄土ヶ浜の遊覧船乗り場。本来の桟橋が壊れてしまったため、少し歩いて別の場所かUminekopan_2ら乗船し ます。出航すると間もなく、船の周りにウミネコが群がってきました。船内で「うみねこパン」を買い、少し大きめに千切って投げ与えると、ウミネコはサッと滑空して、パンが水面に落ちる前にクチバシで見事にキャッチ! 船内のあちこちから歓声が上がります。

Bridge

Quay

船から陸を眺めると、やはり津波の爪痕が生々しく残っていました。橋桁が落ちたままの道路や、途切れ途切れになってしまった防波堤。岸壁は地盤沈下のため海水面とほぼ同じ高さになり、船を着けることができません。

けれども、宮古が誇る変化に富んだ海岸線の景観は健在でした。遊覧船の見所は、海に突き出た巨大なローソク岩(下の写真の上段中央、高さ40メートルあるそうです)、大きな波が打ち寄せると海水が吹き上がる潮吹穴、クロコシジロウミツバメの集団営巣地で、化石の宝庫としても知られる日出島など様々で、これらはいずれも国の天然記念物に指定されています。甲板を左右に移動しながら夢中でカメラのシャッターを切り、約40分の船旅を満喫しました。
Sight3 Rosokuiwa Sight4










Sight5 Sight1








印象的だったのは、船内でマイクを握るガイドさんが、40名近い団体客を迎えて、とても生き生きと嬉しそうにアナウンスをしてくださったことです。遊覧船の運行は7月中旬に再開されたそうですが、まだお客さんはそれほど多くないのかもしれません。

Guide 宮古湾に面した地域では多くの建物が流され、かろうじて残った工場なども、骨組みは曲がり、屋根は波打つような形に変形しています。それでも地元の方たちは、頑張って遊覧船を運航しています。そうであるなら、そこにはやっぱり、私たちのような観光客の姿が必要ですよね。

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ケッパレ東北! ボランティアライナーの旅3

Michinoeki 大槌町での活動を終えた私たちは、再びバスに乗って、宿泊地の宮古市へ向かいました。途中、「道の駅やまだ」で小休止。泥かきで汗をかいた後だけに、冷たいソフトクリームの味が格別です。

ここ山田町もまた、津波で大きな被害を受けた地域の一つです。車窓から市街地を眺めると、どこまで波が達したのか、その境界がはっきりとわかりました。

Yamada 5月に秋田県の乳頭温泉を訪れた際、津波で家を流されたという方にお会いし、帰宅後にミシンをお譲りしたことを「東北応援! 角館&田沢湖の旅(3)」に書きました。実は、そのミシンの送り先が山田町でした。直後にいただいたお電話で、間もなく仮設住宅へ移られると伺ったきりですが、その後、お元気でいらっしゃるでしょうか…。

さて、この日の宿は、陸中海岸国立公園の景勝地に建つ浄土ヶ浜パークホテル。男女別の相部屋で、1室を4~5人で利用します。

Sunset 部屋には宿の方が既に人数分の布団を敷いてくださっていましたが、泥まみれで、そのままではとても中へ入れない私たち。部屋の入り口で長靴を脱いで大浴場へ直行し、まずは汗と汚れを流します。ようやく人心地がついて、客室の窓から外を眺めると、夕焼けに染まった松林が綺麗でした。

浄土ヶ浜パークホテルは高台にあるため、震災で(ライフラインは止まったものの)直接の被害を受けず、家を失った地元の方や、救援・復旧作業の関係者などを受け入れてきました。8月初旬から、一部の客室に限って一般の宿泊を再開したとのことですが、この日の一般客は私たちのツアーのほか、演奏活動で旅行中らしい若い女性(大学生くらいか、引率らしい方が一緒だったので、もしかすると高校生かも)のグループが1つだけ。やはり、ほとんどは警察関係者だったようです。

そのような事情で、ツアーを主催する岩手県北観光には、ホテルから「食事はビュッフェ形式ですが、通常よりも品数が少なめです」との連絡が入っていたそうです。確かに、「ホテルのビュッフェ」から想像するような豪華さはありませんでしたが、お刺身(お一人様3切れまで!)などもあって、量も味も十分です。売店で缶ビール(アサヒスーパードライの「平泉文化遺産」ラベル)を購入し、ツアー参加者と互いの健闘(?)をたたえて乾杯しました。

Banner ビュッフェ会場には、「三陸の救援・復旧・復興にご協力・ご尽力を頂き、深く感謝申し上げます。」と書かれた横断幕が掲げられていました。夕食の時間には、「第○○機動隊」などとプリントされた揃いのTシャツを着た体格の良い男性のグループが、次々にやって来ます。また、朝食時間は6:30からなのですが、最も混み合う時間帯は6:30~7:00だそうで、私たちが朝風呂を楽しんでから朝食を食べに行った7:00過ぎには、皆さん既にそれぞれの制服に身を固め、忙しげに出掛けて行くところでした。連日の激務、本当にご苦労様です。

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