ラーマヤナ舞踊

Purawisata 夕食後は、レストランの奥にある野外劇場(プラウィサタ劇場)へ。これからここで、ラーマヤナ舞踊の公演が始まるのです。バリ島のウブドでも、ケチャの歌声に合わせてラーマヤナの物語が演じGamelanられるのを観ましたが、こちらはガムラン・バレエといった趣。舞台に向かって左手奥には、オーケストラ・ピットさながらにガムラン楽団がスタンバイし、今や遅しと出番を待っています。

Ramayana1 バリ島の伝統芸能にも書いたように、叙事詩「ラーマヤナ」のストーリーは、魔王にシンタ姫を掠われたラーマ王子が、猿の軍団の助けを借りて、戦闘の末に姫を救出するというものです。基になるRamayana3物語は、ウブドで観た公演も今夜の公演も同じですが、ウブドではケチャ公演の一部としてラーマヤナが演じられたのに対して、今夜はラーマヤナ舞踊のための公演です。時間が長い分、1つ1つのエピソードが詳細に描かれており、登場人物も多く、衣装も華やかでした。

Monkey 赤、青、黄と色とりどりの衣装をまとった猿の軍団の中で、ひときわ小柄な黒い猿に目が留まりました。演じているのは、まだ4-5歳くらいの男の子です。大人が演じる猿たちの間をすばしっこく駆け抜ける様子は、愛嬌たっぷり。時折、他の猿たちよりも動作がワンテンポ遅れたりするのですが、それがまた、計ったようなタイミング。お客さんの視線の集め方を心得ています。

Ramayana5 ストーリーの中に戦いの場面が多いので、踊りの各所にかなりアクロバチックな演技が組み込まれていました。剣を振り回したり、弓を引いたり、塀の上から飛び降りたり、踊りFire_2手の上に別の踊り手が馬乗りになったり・・・。中でも、猿の長ハヌマンが捕らえられて、火をかけられる場面は圧巻です。燃える炎の上を転げ回る演技は、ウブドで観たファイア・ダンス(サンヒャン・ジャラン)を凌ぐ迫力でした。

Exit 本物の火を使った派手な演出の一方で、どうやらラーマヤナ舞踊には決まった様式があるようです。例えば、主要な登場人物が最期を遂げる場面。物語の進行が一旦止まり、照明が独特の冷たい色に落とされると、倒れていた登場人物がおもむろに起き上がって、従者共々客席に背を向け、舞台中央の門を抜けて静かに退場して行きます。アクロバチックな演出の陰で、伝統舞踊の様式もしっかり踏襲されているのが感じられました。

Ramayana7 終演後はステージに上がって、出演者と一緒に記念撮影。素敵な旅の思い出が、また1つ増えました。

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ジョグジャカルタの街

Batik2 夕食にはまだ早いものの、ホテルにチェックインして一休みするほどの時間はないということで、旅程表にはありませんが、ジョグジャカルタの市内を車で回っていただけることになりました。まず訪れたのはバティック工場です。バリ島でもトパティ村でバリ更紗の工房を見学しましたが、こちらはジャワ更紗。素朴な印象のバリ更紗に対して、王宮文化に根ざしたジャワ更紗は豪奢な感じで、細かい幾何学模様が特徴的です。トパティ村の工房で、バティックのことを「ジャワ更紗」と呼んだところ、ガイドのリニさんが「バリ更紗です!」とムキになって訂正していましたが(笑)、なるほどバリ更紗とジャワ更紗では趣が異なるようです。

Batik バリ更紗の工房で見学した手描きの絵付けに加えて、こちらの工場では、型押しと呼ばれる手法が用いられていました。チャップという押し型を使って模様を布地にプリントする方法で、手描きほど高級品ではないようですが、模様がはみ出さないようにピタリと位置を決めて型押しをPrintする職人さんの手さばきは見事なものです。押し型の種類は模様の数だけあって、職人さんたちの傍らには、様々な柄や大きさの押し型がズラリと並んでいました。また、展示コーナーではロウケツ染めの工程が分かり易く解説されており、日本語の説明書も用意されていて、興味深く見ることができました。

Kraton 工場の外へ出ると、日がとっぷりと暮れていました。夜の繁華街を車窓に見ながら、車は王宮(クラトン)へと向かいます。ジョグジャカルタを統治してきた王侯の宮殿であるクラトンは、ジャワ建築の粋を集めて1756年に建てられました。内部には博物館があり、歴代スルタンが使った調度品などが展示されているそうですが、当然ながら既に閉館時刻を過ぎています。門の手前で記念写真を撮って、我慢することにしましょう。

Restaurant この日の夕食会場は、半屋外のガーデンレストラン。インドネシア料理のビュッフェで、庭園にしつらえた屋台からはDishes、焼きたてのサテの香ばしい薫りが漂ってきます。昼食が遅めで夕食が早めだったので、それほどお腹は空いていなかったはずですが、雰囲気に誘われて、インドネシア産のビールからスイーツまで、思い切り堪能してしまいました。

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プランバナン寺院

Adisutjipto ジョグジャカルタの空港では、男性のガイドさんが私たちを出迎えてくれました。旅程表では、遅めの昼食をとってからプランバナン寺院へ向かうことになっています。ところがガイドさんは、「それでは、ボロブドゥールへお連れします」。ボロブドゥールは翌日見学する予定だったので、プランバナンと順番が入れ替わっても問題はありません。けれども、機内で軽食が出た時に、「着いたらすぐに食事なので、ほどほどに」とわざわざ義父母にご注進に及んだ嫁としては、昼食抜きはちょっと困ります。釈然としないままガイドさんに旅程表を見せると、彼はしげしげとそれを眺めてから、「はい。では、昼食にご案内します。その後はプランバナンです」。う~む、大丈夫なんでしょうか(苦笑)。

Chinese ともかく向かった先は、中華料理のレストランです。途中でスコールがやって来て、車の外はバケツをひっくり返したような有様になってしまいました。丁度、下校時間なのか、荷台に子供を乗せたバイクがたくさん走っていましたが、親子とも雨具は身につけているものの、ずぶ濡れ状態。見るからに大変そうです。土砂降りの中、車は目的のレストランに到着。予約はちゃんと入っていたらしく、テーブルの上には4人では食べきれないほどの料理が並びました。

Prambanan2 お腹が落ち着いたところでプランバナンへ。心配されたスコールも、どうやら終息しつつあるようです。

世界文化遺産に登録されているプランバナンは、5キロ四方にわたって点在するヒンズー教の寺院遺跡群です。その中心はロロ・ジョングラン寺院(別名プランバナン寺院)で、周囲は史跡公園として整備されています。9世紀に建てられたと推定されるこの寺院は、ヒンズー教の神々を祀る6つの大きな堂から成ってPrambanan3おり、主堂であるシヴァ聖堂は47メートルの高さを誇ります。

噴火によって火山灰の下に埋もれていた寺院群が発見されたのは18世紀。20世紀前半から修復再生工事が続いていますが、2006年5月のジャワ島中部地震で大きな被害を受けました。地震の後はしばらく建物に近づけなかったため、観光客は少し離れた展望台から寺院を見学したそうで、その展望台が敷地内に残っていました。

Relief 地震後の修復作業のため、残念ながらシヴァ聖堂の中へ入ることはできませんでした。内部にはシヴァ神を始めとする神像があり、ラーマヤナの物語をNandi表した回廊の彫刻も見事だそうです。いずれの堂も、見える範囲にある彫刻は躍動感溢れる素晴らしいものですから、主堂の内部はさぞやと思われます。入場可能だったナンディ堂の内部には、シヴァ神が乗る雄牛・ナンディの像がありました。

ロロ・ジョングランが建設された当時、6つの堂の外側には200を超える小祠堂が並んでいましたが、現在、ほとんどの小祠堂は崩壊したままです。主だった堂の修復が済んだ後は、これらの小祠堂をすPrambananべて修復することが目標と聞きましたが、せっかく修復した主堂も地震の被害を受けてしまいました。今年(2009年)9月にもインドネシアで大きな地震がありましたから、被害の状況が心配です。この壮大なジグソーパズルが、いつか完成する日が来るのでしょうか。

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バリ島からジャワ島へ

Beach 今日はバリ島を発って、お隣のジャワ島へ向かいます。前夜に宿泊したホテルは、ソフィテル・スミニャック。ビーチ沿いに建つ高級リゾート・ホテルで、プールやプライベート・ビーチなど、設備も充実しています。けれども、昨夜はGardenタナロット寺院で夕陽を見たため、チェックインしたのは夜7時過ぎ。そして今朝のチェックアウトは午前9時。ジャワ島へのフライトに備えて、比較的空港に近いスミニャックに前泊しただけとはいえ、のんびりとビーチ・ライフを楽しむためのホテルで、食事をして1晩眠っただけとは、勿Lizard体ないことこの上ありません。せめて雰囲気だけでも・・・と、出発時刻ギリギリまで、ホテルの広い敷地を散策しました。敷地内には南国らしい緑がいっぱい。大きなトカゲ(?)まで見つけました。もしも再び訪れる機会があれば、ゆっくり滞在して、是非ともリゾート・ライフを満喫したいところです。

車でデンパサールの空港へ送ってもらい、お世話になった運転手さん、ガイドのリニさんともお別れです。すっかり仲良くなったリニさんを囲んで記念撮影し、手を振って名残を惜しみながら空港の建物へ入りました。

インドネシアの空港では、出発時に現金で空港税を支払います。デンパサールから国内線に乗る場合は30,000ルピア(2009年5月のレートで約300円)。チェックイン後に忘れずに支払うよう、ガイドさんからも念を押されていました。チェックイン・カウンターで搭乗券を受け取り、さて、次はどちらへ行くのかな・・・と周囲を見回すと、搭乗ゲートへ続く通路の手前に設置されたカウンターから、笑顔で手招きする女性がいます。どうやら、空港税はそこで支払うようです。請求された金額は10,000ルピア。聞いていた金額と違うので不思議に思いましたが、海外旅行では事前の説明と実際が違うことは珍しくないので、深く考えずに4人分の40,000ルピアを支払いました。

ところが、その先へ進むと、セキュリティー・チェックの手前にチケット・ブースのようなものがあり、そこであらためて30,000ルピアの空港税を請求されるではありませんか。さすがに不審に思い、係員に先ほどのレシートを見せて「これは何?」と尋ねると、なんと「保険」との答え。日本を出る前に旅行傷害保険に加入したので、勿論、ここであらためて保険に入る必要はありません。あのカウンターの女性の笑顔にやられました。それなりに旅慣れているつもりでも、「お金を払わなければいけない」と思っていると、案外簡単にお金を払ってしまうものですね(苦笑)。きちんと確認しなかった自分が悪いのですが、レシートの記載はインドネシア語で全く理解できませんし、件のカンターにも「保険」の表示は(少なくとも目立つ場所には)見あたらなかったようなので、同じ失敗をする外国人観光客は、結構多いのではないでしょうか。まあ、日本円に換算すれば4人分でも400円程度。授業料と思って、ジャワ島からの帰路ではせいぜい気をつけることにしましょう。

Airport ともかく搭乗手続きはすべて終了。運行スケジュールが大幅Sky に遅れている路線があるようで、私たちが乗る飛行機もなかなか搭乗が始まらずに心配しましたが、定刻より少し遅れただけで、無事にデンパサールからジョグジャカルタへ向けて飛び立つことができました。

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タナロット寺院

テガラランでは緑のライステラスの上に青空が広がっていましたが、タマン・アユン寺院を見学している間に空が暗くなってきて、どうも雲行きが怪しいようです。この日の最後の訪問地は、夕陽の美しさで知られるタナロット寺院。お目当ての夕陽が見られるかどうか微妙ですが、ともかく目的地へ向かうことにしましょう。

Market 駐車場からタナロット寺院まではやや距離があり、神社の参道のような道をしばらく歩きます。その道の両Bat側に屋台が続いており、店先には衣類、楽器、工芸品など、色鮮やかな土産物が所狭しと並んでいました。その中の1軒の前に、何やら人だかりがしています。近づいてみると、見たこともないほど大きなコウモリが、店先にぶら下がっていました。なるほど、彼(彼女?)なら、どんなに優秀な売り子さんよりも、たくさんのお客さんを集められそうです。

Candibentar_3 「参道」を抜けると、も うお馴染みになった割れ門が建っており、その向こうSea_2に海が広がっていました。夕暮れが近いせいもあってか、波が岩の先端に当たって砕ける様子は、南国の海とは思えない荒々しさです。

 

Tanahlotタナロット寺院は、陸地にほど近い岩の上に建っています。一般の参拝者は寺院の内部へ入れませんが、干潮時には陸続きになるため、岩の台座部分までは近づくことができます。私たちも早速、岩へ渡ろうとしましたが、丁度、潮が満ちてくる時刻だったらしく、岩との間にかろうじて残っていた陸の部分が、見る間に小さくなって行きます。向こう側へ渡ってしまったら、濡れずには戻れないかも・・・と心配になるほどでしたが、水面に顔を出した小岩の上を伝って、なんとか靴を履いたまま行って帰ってくることができました。

Terrace 陸地側の高台には簡易レストランが並んでおり、海に面したテラス席からタナロット寺院を望むことができます。眺めの良さそうな席を確保し、飲み物をTanahlot2頼んで一息つきながら、日が暮れるのを待つことにしました。先ほどまで自分たちがいた辺りに目をやると、明らかに水位が上がっており、岩へ渡る人たちは膝まで水に浸かっているようです。

お天気が心配されましたが、雲の切れ目から太陽が顔を覗かせており、どうにか夕陽を拝むことができそうです。タナロット寺院の向こう側に太陽が沈み始めると、寺院が建つ岩はシルエットになって浮かび上がりました。その頂には寺院の屋根のシルエットも見えています。沈むにつれて微妙に色合いを変える夕陽。その光を複Sunset雑に反射してオレンジ色に染まる雲。光を受けて輝く波。まるで映画の中の一場面をでも見ているかのようです。
低くたれ込めた雲の中に太陽が姿を消したところで、この日の「夕陽ショー」は終了。曇り空のため、水平線に沈む真っ赤な夕陽を見ることはできませんでしたが、その幻想的な眺めは、しっかりと記憶に刻まれました。

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