インドネシア旅行記(バリ島&ジャワ島)

テガララン

Tegallalang 午後は観光地を巡りながら、ウブドからスミニャックへ移動します。丁度チェックアウトが終わりかけたタイミングで、ホテルのロビーにガイドさんがやって来ました。チャーター車に乗ってまず向かPalm ったのは、テガララン。ライステラス(棚田)の美しい眺めで知られています。日本でも地域によっては棚田を見ることができますが、水田と椰子の木という組み合わせは独特ではないでしょうか。

テガラランのライステラスは、実用よりも観光が目的のようです。駐車場には土産物の売り子が群がっていて、車から1歩外へ出た途Restaurant_2端、絵はがきセットを手に押しつけられ、ちょっと慌ててしまいました。ライステラスを見晴らす位置には、東屋風のレストランが建っています。バス・ツアーの昼食場所になることが多く、この日も多くの観光客で賑わっていました。予約を入れておかなかったので心配でしたが、ライステラス側の眺めの良い席を確保することができました。

Nasikuning 観光レストランなので、メニューにはカレー、ナシゴレン、ミーゴレンなど、定番のインドネシア料理が並んでいました。私はナシクニンをチョイス。お祝いの席などで出されることが多い黄色のご飯で、ターメリック、レモングラス、ココナッツミルクなどの風味が効いています。ここのナシクニンには、鶏の唐揚げと卵焼きのようなものが乗っていました。一見、それほどボリュームがあるようには見えませんが、真ん中のとんがり帽子の中にもギッシリとご飯が詰まっていて、相当に食べごたえがあります。

Kariayam 夫がオーダーしたのはカリ・アヤン。ココナッツ・ミルクを使ったチキンカレーです。Coconut_2 義父母はというと、インドネシア料理の連続が少々堪えたのか、トマト味のパスタを頼んでいましたが、丸ごとの椰子の実から直接飲むココナッツ・ジュースなど、南国の味覚も楽しめたようです。

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王宮とウブド市場

Purisarenagung1_2 ウブド王宮(プリ・サレン・アグン)は、20世紀初頭まで続いた王政の舞台で、最後の王の子孫が今でも当主として暮らしています。王宮自体は16世紀からあったそうですが、現在の建物は1978年に改装されたものです。

左上の写真は第1の門。門をくぐってPurisarenagung2王宮の敷地内に入ってから、振り返って撮影しました。右の写真は第2の門です。第1の門と第2の門に挟まれた中庭は、夜になるとオープン・ステージへと姿を変え、レゴン、バロンなどの代表的なバリ舞踊が日替わりで演じられます。第2の門の扉は閉じられていますが、左右に設けられた通用口から、さらに内部へ進むことができます。

Purisarenagung3 左の写真が第3の門。高名な芸術家、レンパッドの遺作だそうで、この内部が王族の住居になっています。門の扉は開いていましたが、その手前に「Closed」の札が置いてあり、残念ながら王族の生活を覗き見ることはできませんでした。



 

Instrumentsガムラン楽団が演奏するための棟には、伝統楽器が並んでいました。これらの楽器は、様々な祭礼や儀式で実際に演奏されるそうです。

Figure ガムラン楽団用の棟の前には、左の写真の像が立っていました。これに限らず、ヒンズー教の神様の像は、ユニークな形をしていることが多いようです。



 

Kumotsu王宮からラヤ・ウブド通りを挟んだ向かい側がウブド市場です。通りには、供物を頭に乗せて寺院へ向かう女性たちの姿がありました。

Market 2階建ての市場の中には、小さなお店がひしめき合っており、まるで迷路のようです。お店に並んでいる品物も、アクセサリーや木彫りの小物から、色とりどりのバティック生地、さらには楽器、果物までと様々です。値段もあってないようなもの。交渉しだいで、値札の半額くらいまでは簡単に下がります。Market2 コツは、思い切って安い値段から交渉を始めること。最終的な値段は、あちらとこちらの言い値の間のどこかに落ち着くので、最初に遠慮して高めの値段を言ってしまうと、後からいくら頑張っても、それより安くはなりません。私も早速、電卓を片手に参戦。あまりにも品数が多くて目移りしてしまいましたが、バティック2枚と、木彫りの額縁に入った小さなバロン神の絵を、お土産用に購入しました。

買い物に夢中になっている間に、思いのほか時間が経っていたようです。お昼が近づいたせいか、少し前までうるさいほどだったタクシーの呼び込みがすっかり姿を消していて、ちょっと焦りましたが、何とか1台見つけて値段を交渉し、ホテルまで送り届けてもらいました。そして、買ってきたお土産品を大急ぎでスーツケースに詰めて、フロントへダッシュ。12時のチェックアウトに、ぎりぎりセーフで間に合いました。

ちなみにこの日の午前中、義父母はホテルのシャトルバスでモンキー・フォレストへ出かけ、猿たちを間近で眺めた後、モンキー・フォレスト通りを散策したそうです。慌ただしい旅行の中で、束の間とはいえ、のんびりした時間を過ごせたのではないでしょうか。

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モンキー・フォレスト通り

Monkeyforest モンキー・フォレスト通りは地図からイメージするよりも道幅が狭く、メイン・ストリートにしては雑然とした雰囲気です。通りへ出てまず目に飛び込んできたのは、なぜか「ウブドで唯Sign一のカレーパンあります」という日本語の看板でした。一体どんなカレーパンなのか気になりますが、ちょっと恐い気も・・・。まだ朝早いせいかお店が閉まっていたので、残念ながら実物を見ることはできませんでした。

Flowerbowl Flowerbowl2 通り沿いに並ぶ土産物店やレスGanesha トランの前には、水盤に花びらを浮かべたものが思い思いに飾られていて、旅行者の目を楽しませてくれます。ヒンズー教の神様などを祀った像をあちこちで見かけるのも、宗教が生活に根付いているバリ島ならではでしょう。

Cafewayan 左の写真は、外国人観光客に人気のガーデン・レストラン、カフェ・ワヤン。前夜にケチャの公演を観た後、ここで夕食をいただきましたCafewayan2 。店内は奥行きがあって、広い庭園の中に客席が点在しており、南国ムード満点です。ガドガドなどのインドネシア料理はボリュームたっぷりで、アメリカ仕込みというシーフード・パスタも美味でした。

Instruments 民族楽器の専門店。店員さんの姿が見あたらなかったので、失礼して写真だけ撮らせていただきました。できれば説明を聞きながら、実際に楽器を手にとって鳴らしてみたかったです。


School モンキー・フォレスト通りにある小学校。バリ島の小学校には制服があって、しかも曜日によって変わるそうです。この日は水曜日で、制服はバティック柄のシャツに、紺の半ズボン(男の子)またはスカート(女の子)でした。


Ubudkelod モンキー・フォレスト通りに面したウブド・クロッド集会所。ここでは新進気鋭の舞踊団、リッタ・デウィによる伝統舞踊&コンテンポラリーの公演が行われています。

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ウブドの田園風景

Fruits ホテル・コマネカ・アット・ビスマの朝食は盛りだくさん。初日の朝にインドネシア風の朝食を頼んだところ、フルーツの盛り合わせとフレッシュ・ジュースに始まって、おかゆ、ナシゴレン(焼きめし)またはミーゴレン(焼きそば)・・・Okayuと、食べきれないほど出てきました。茹で卵入りのおかゆは中華がゆに似ていて、ナッツや鶏肉をトッピングし、タレをかけていただきます。2日目の朝は、「ヘルシー・メニュー」というのを頼んでみました。まず出てきたのは、カット・フルーツにヨーグルトをかけ、シリアルをトッピングしたフルーツ・サラダ。レモングラスの風味が効いていました。メインのバナナ・パンケーキもなかなかのお味。材料が新鮮なのが嬉しいですね。

さて、ウブド2日目の午前中は、義父母と別行動。4人で海外へ出かける場合は、半日ほどの自由時間を設けることにしています。私たち夫婦は、ウブドの中心部へ出かけることにしました。ホテルがあるビスマ通りは、ウブドで最も賑わっているモンキー・フォレスト通りに並行しており、両者の直線距離は近いのですが、間に川が流れています。そのため、車を使う場合は北側を大回りしなければなりませんが、南側には車が通れない近道があるようです。北側の車道は既に何度か通っていたので、今回は南側の近道を抜けていくことにしましょう。

Idyll 近代的なホテルを一歩出ると、周囲にはDuck昔ながらの田園風景が広がっていました。田んぼの中には鴨が群がっています。バリ島でも合鴨農法が行われているのでしょうか。



Idyll2 「近道」は細く、所々に歩きにくい箇所もあって、モンキー・フォIdyll3_2 レスト通りまでは思ったより時間がかかりましたが、緑の田園や南国特有の植物が青空に映えて美しく、気持ちの良い散策でした。ビーチ・リゾートとして有名なバリ島の、違った面をかいま見ることができたようです。

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バリ島の伝統芸能

一旦ホテルへ戻り、バリ風のフット・マッサージとフルーツ・サラダのサービスで一息ついてから、ホテルの送迎車でウブドの市街地へ出かけました。お目当ては、サンディ・スワラという歌舞団によるケチャ・・・のはずですが、車を降りてチケット売り場へ行くと、なぜか歌舞団も公演内容も違います。パダン・テガル・クロッド集会所へ向かったはずが、どうやら車が着いたのは、パダン・テガル・カジャ集会所だったようです。幸い運転手さんがまだ残っていてくれたので、車に戻って本来の目的地まで送ってもらいましたが、あやうく、日が暮れて暗くなった通りを、かなり遠くまで歩かなければならなくなるところでした。地元のスタッフでも間違えるほど、色々な公演が毎日あちこちで行われているということなのでしょう。

少々ハラハラさせられたものの、今度こそ目的地に到着。最前列中央の特等席を確保することができました。時々小雨がぱらつくあいにくの天候で、途中で屋根付きの集会所に場所を移すかもしれないというアナウンスがありましたが、なんとか野外ステージで公演ができるようです。

Kecak この日の演目は3つ。メインになるのがケチャ・ダンスです。まず、大勢の男性が、自分たちの歌声に合わせて踊りながら登場しました。上半身は裸で、ヒンズー教では神聖な模様とされる、格子柄のサルンだけを身につけています。奏でられる音楽に、楽器は一切使用されません。「チャッ」とか「チャチャッ」という掛け声を交えながら、声だけで複雑なリズムが紡ぎ出されます。私たちが知っているKecak2 合唱と同じものではありませんが、声量といい、歌い続ける持久力といい、大変なものです。指揮者の代わりにキーになる歌い手がいて、彼のひときわ鋭い掛け声に合わせて、次々と新たなリズムが繰り出されていく様子は見事でした。楽譜のようなものがあるのか、それとも口伝えに継承されているのか、合唱をやっている私としてはとても興味がありましたが、残念ながら、バリ島滞在中にそれを尋ねてみる機会はありませんでした。

Ramayana1 歌と踊りがしばらく続いた後、ケチャの歌声に合わせて、叙事詩「ラーマヤナ」の物語が始まりました。「ラーマヤRamayana2 ナ」というタイトルは、高校時代に世界史か何かの教科書で見たことがありましたが、内Ramayana3容は今回初めて知りました。会場で受け取った日本語の解説によると、魔王に妃を掠われた王子が、猿の軍団の助けを借りて、戦闘の末に妃を救出するというストーリーのようです。その中のいくつかのエピソードが、踊りで表現されました。ケチャの男性たちとは対照的に、踊り手の衣装は華やかで、目にも耳にも楽しい踊りでした。

Sanghyangdedari2つ目の演目は、サンヒャン・ドゥダリ。2人の少女による踊りで、ドゥダリは天使を意味し、踊りの最中に踊り手に神聖な魂が降りてくると信じられているそうです。トランス状態で、目を閉じたまま踊るということになっており、メイクの効果もあって、遠目では本当に目を閉じているように見えたのですが、どうやらカメラの望遠レンズはごまかせなかったようです。写真を見ると、しっかり目を開けていますが(笑)、2人ともとても可愛らしかったので、ご愛敬ということにしておきましょう。

Sanghyangjaran 最後の演目は、サンヒャン・ジャランです。これもトランス・ダンスの一種で、馬(ジャラン)の形をした人形に神が宿り、それに乗った踊り手はトランス状態になって、真っ赤に燃えた椰子殻の炭を裸足で蹴散らし、火を乗り越えながら踊ります。本当にトランス状態になっているかどうかはともかく、熱さをものともしない踊り手の集中力には驚かされました。

ところで、義父がバリ島へ行きたいと言い出した一番の目的は、どうやらケチャを見ることだったようです。長年の念願が叶って、きっと忘れられない夜になったことと思います。

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バリ島の伝統工芸

Batik バトゥアン村でバリ島の伝統的な寺院を見学した後は、義父の希望で、バリ島の伝統工芸の村を巡ることにしました。まずは、トパティ村のバティック工房へ。バティックとは更紗のことで、模様にはロウケツ染めの手法を用いています。下絵に沿って、1つ1つの模様をロウで手書きしていく様子を、間近で見学することができました。

Batik2_2 工房に隣接して大きな店舗が建っていました。店内に並べられた大小様々、色とりどりのバティックを眺めていると、店員さんが近寄って来て、大判の布地を手にしたかと思うと、衣服の上からドレスのように着せてくれました。1枚の布があっという間にワンピースに早変わり。鮮やかな手際です。つい乗せられて1枚購入し、日本へ持ち帰ってきました。ドレスとして着る場合の結び方を図解した説明書が添付されていましたが、やはり店員さんのような具合にはいきません。そもそも日本ではこんなドレスを着る機会も勇気もなく、残念ながらタンスの奥に眠ったままになっています。果たして日の目を見る日が来るのでしょうか。。。

Restaurant お店を出ようとして時計を見ると、正午を大分回っています。伝統文化とショッピングに熱中している間に、思いのほか時間が経っていたようです。お腹も空いたので、次の村へ向かう前に昼食をとることにし、ルートを大きく外れない範囲で、インドネシアDuck 料理のレストランに連れて行ってもらうことにしました。ガイドさんが案内してくれたのは、2階席がオープンエアになった眺めのよいレストランでした。左上の写真は、バリ島名物のアヒル料理です。食感はチキンとそれほど違いませんでしたが、チリソースが添えられており、お肉自体にもスパイスが効いていました。左下の写真は、フライドバナナです。「デザーFriedbanana トにいかがですか?」というガイドさんの一言につられ、バナナの天ぷらのようなものを想像してオーダーしました。実際は、揚げパンの中にバナナ・ピューレが入っている感じで、かなりお腹にたまります。おやつにはピッタリですが、食後のデザートとしては持て余してしまったので、テイクアウトして、ガイドさんと運転手さんへのお土産にしました。 事務所へ持ち帰って、他のスタッフの皆さんと一緒に召し上がったそうです。

Art お腹がいっぱいになったところで向かった先は、バリ絵画の工房です。ギャラリーにたくさんの作品が展示されており、実際に製作しているところも見学できます。鮮やかな色合いの絵が並んでいましたが、バリ絵画はGallery 「芸術」というよりも、「工芸品」の性格が強いように感じました。義父は退職後、地域の施設で絵画講師のボランティアをしているほどで、もともと絵に対する関心が高く、出発前から楽しみにしていたようです。職人さんのすぐそばまで近寄って、絵を描く様子を熱心に見ていました。

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バトゥアン寺院

続いて向かった先は、バトゥアン村です。ここでは、10世紀に建てられた立派な寺院を見ることができます。

Bale 入場料を払うため、まずは隣接する集会所へ。バリ島の伝統的な村では、寺院の敷地内や隣接した場所に、このような屋根付きの大きな集会所が設けられているそうで、ゴア・ガジャ遺跡でも見かけました。受付のテーブルへ近づいて行くと、係員がサッと近寄ってきて、腰にサルンを巻き付けてくれました。ヒンズー教の寺院を参拝するときは、ノースリーブやショートパンツを避けるように注意されていたので、丈の長いスラックスをはいていましたが、ここでは「正装」が求められるようです。

Candibentar 服装が整ったところで、バリ寺院に特徴的な割れ門(チャンディ・ブンタール)をくぐって、寺院の敷地内へと進みました。寺院の中庭にあたる広場にKulkulは、いくつかの建物が並んでおり、その中で鐘楼らしきものが目に留まりました。これは「クルクル塔」と呼ばれる木製の鐘で、儀礼の開始などを村人たちに知らせるために、バリの寺院に必ず備えられているものだそうです。

Koriagung 広場を抜けた正面には、第2の門(コリ・アグン)が荘厳な佇まいを見せていました。レリーフで飾られた三角屋根が特徴的です。ただし、一般の参拝者や見学者はこの門をくぐることができず、向かって左側に設けられた通路から奥へと進みます。



Pura 第2の門の内側、寺院の最も奥まった場所には、祠や塔、供物を置くための建物なPadmasanaどが並んでいました。太陽神スリヨを祀った石造りの祭壇は、ユニークな形をしたレリーフが目を引きます。


Gamelan 一通り見学を終えて、そろそろ引き上げようかと思っていると、ガムラン音楽の調べが聞こえてきました。敷地内にガムラン楽器が置かれているのには気付いており、ためらいがちに触れてみたりもしたのですが、どうやらその楽器を演奏している人がいるようです。流れるような見事な演奏に導かれて、楽器があった場所まで戻ってみると、演奏者は地元の男性のようです。それも、寺院の係員などではなく、どう見ても一般の参拝者です。ちょっと意外でしたが、ガイドさんによると、バリの男性は学校で必ずガムラン楽器の演奏を習うのだそうです。伝統音楽が、普段の生活に根付いているのを感じました。

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ゴア・ガジャ遺跡

Komanekabisma_2 一夜明けて、いよいよバリ島観光のスタートです。夜半には、「バケツをひっくり返したような」という表現では物足りないほどのスコールがあって驚きましたが、すっかり収まったようで、お天気は上々です。

部屋の窓から外を見て、思わず歓声を上げました。到着が夜だったので、明るくなるまで気付きませんでしたが、ホテルの周囲には南国特有の植物がうっそうと生い茂っており、そのダイナミックな眺めに圧倒されました。

Goagajah 朝食後にホテルのロビーでガイドさんと落ち合い、チャーター車で最初の目的地、ゴア・ガジャ遺跡へ向かいました。11世紀頃に造られた(と推定される)ヒンズー教の石窟寺院で、「ゴア・ガジャ」とGanesha は「ゾウの洞窟」という意味です。入り口に祀られているボマ神の像がゾウのように見えたことからこの名が付けられたという説と、ゾウの形をしたガネーシャ神が祀られていることに由来するという説があるようです。

魔女を模したと言われる迫力満点のレリーフの口の部分が、洞窟の入り口です。暗い洞窟の中へ入ると、左右に通路が延びていて、左側には上述のガネーシャ神(左上の写真)が、右側にはヒンズー教の最高神であるシヴァ、Siva_2 ヴィシュヌ、ブラフマの3神を表すご神体(右の写真)が祀られていました。このご神体が何を象ったものかは、ご想像にお任せしましょう。ガイドさんは、スピリッツが云々という遠回しな言い方で、苦心して説明してくれました。

Shop ゴア・ガジャを見学した後は、木彫りで知られるマス村の土産物店で休憩しました。どうやらガイドさんの立場上、ここへ立ち寄らないとまずいようでSanggah 、お付き合いした形でしたが、思いがけず、お店に隣接したバリの家屋を見ることができました。バリ島では各家庭に家寺(右の写真)があり、毎Baledaja_2日決まった時間に礼拝するそうです。また、家長が住む北の棟のテラスは、来客をもてなす場所にもなるそうで、凝った装飾が見事でした。

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バリ島到着

成田空港では、ほとんどの旅客がマスク姿でした。私たちもご多分に漏れず、マスクを着けて機内へ。いつもと勝手が違い、なんとも冴えない感じは否めませんが、ともかく、日本をお昼前に飛び立ったガルーダ・インドネシア航空の飛行機は、予定通り現地時間の夕方に、バリ島のデンパサール空港に到着しました。

バリ島での滞在中は、専用車をチャーターしてありました。空港でガイドさんと待ち合わせです。現れたのは元気の良い女性で、地元出身のリニさん。ツアー会社のラウンジに立ち寄って休憩し、翌日の打ち合わせや両替などを済ませてから、ウブドのホテルへ向かいました。

車がクタ周辺の市街地にさしかかった頃でしょうか。突然「バンッ」という音がしたかと思うと、運転手さんが慌てて車を路肩に止めました。なんと、左の後輪がパンクしたようです。車の中ほどに乗っていた私はそれほどでもありませんでしたが、丁度タイヤの上あたりにいた夫は、かなりの衝撃を感じて驚いたそうです。

Van その場でジャッキアップして、タイヤ交換が始まりました。運転手さんもガイドのリニさんも一生懸命ですが、十分な照明がないため、苦労している様子です。見かねて車から降り、携帯電話を使って照らしてみましたが、あまり役に立ちそうもありません。車の中にいるように指示されたので、おとなしく待つことにしました。

それでも何とか、タイヤ交換に成功したようです。少し遅れたものの、気を取り直して再びホテルを目指します。新しいタイヤになって、もう大丈夫・・・のはずですが、作業を間近で見ていた夫によると、「付け替えたタイヤも、相当すり減ってたよ」とのこと。一抹の不安がよぎったものの、ここは聞かなかったことにしましょう(苦笑)。

Curry ともかく無事にホテルに到着し、ホッと一息。ツアー会社のラウンジに思いのほか長居してしまったのと、パンクの影響とで、思ったよりも遅い時刻になっていました。機内で昼食を食べたきりだったので、お腹の虫が鳴いています。休憩もそこそこに、ホテル内のレストランへ向かいました。

Saute 私がオーダーしたのは、ココナッツの風味が効いた、チキンのグリーンカレー。夫はパパイヤと鶏肉の炒め物を注文しました。ところが、なんとパパイヤが品切れとのこと。夜も遅い時刻だったので、やむを得ないとは思いますが、「パパイヤと鶏肉の炒め物、パパイヤ抜き」という、妙なオーダーになってしまいました。

Bedroom ウブドでの滞在先に選んだホテルは、コマネカ・アット・ビスマ。2008年6月にオープンした、まだ新しいリゾートで、ウブドの中心に近いにもかかわらず、豊かな自然に囲まれています。
寝室のベッドの上は花びらで綺麗に飾り付けられており、南国リゾートの雰囲気満点。心憎いもてなしです。ここでの滞在が楽しみになりました。

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インドネシアの伝統と文化に触れる旅

イギリス編が終了してから、1カ月以上お休みをいただいてしまいましたが、満を持して(?)新しい旅行記のスタートです。スイス、ニュージーランド、イギリスと、ヨーロッパ文化圏の国が続きましたが、今度の舞台はガラリと雰囲気が変わり、熱帯の島、インドネシアです。

Payar_2 そもそもの発端は、3年ほど遡った2006年の秋。義父から「一緒にバリ島へ行こう」とお誘いがありました。けれども当時は、観光客を狙った爆弾テロ(2005年10月)のほとぼりが冷めておらず、2世代揃っての家族旅行の行き先として、バリ島は気が進みませんでした。そこで、同じ東南アジアのリゾート地の中から、マレーシアのランカウイ島を提案し、2007年のお正月休みを利用して、親子4人でリゾート・ライフを楽しんできました(写真は、その時に訪れたパヤ島のビーチです)。

両親も喜んでくれたようで、「これにて一件落着」のはずだったのですが、今年(2009年)の初めに夫の実家へ年始の挨拶に出かけ、たまたま旅行の話題が出たところ、義父が「やっぱりバリ島へ行きたい」と言います。どうやら、3年前の「バリ島」は、「アジアのビーチ・リゾート」という意味ではなく、バリ島でしか見られない伝統芸能に興味があったようなのです。

義父は今年74歳。幸い、特に悪いところもなく元気ですが、先延ばしにしているうちに万一旅行に出かけられなくなったりしたら、義父が残念なのはもちろん、私たちも真剣に後悔するでしょう。「できるだけ早い機会に、一緒にバリ島へ行こう!」というわけで、ゴールデンウイークのバリ島行きが決まりました。

義父の希望を聞きながら旅程を練り、準備万端整えて、後は出発を待つだけ・・・となったところで、困った事態が持ち上がりました。海外での新型インフルエンザ発生です。インフルエンザに感染すること自体をそれほど心配したわけではありませんが、当時は政府が空港での水際対策に力を入れていたため、渡航中にインドネシアが発生国になった場合、帰国時に成田で1週間ほど足止めされる恐れがありました。そうなれば仕事に支障が出ますし、そのような状況下で敢えて海外へ出たことに対して、是非を問われる事態にもなりかねません。
Batuan_2
現役世代としては真剣に悩みましたが、今回の旅の主役は義父。その本人が心待ちにしている以上、旅行をキャンセルするという選択肢はありません。万一足止めされた場合も最低限の仕事ができるように準備を整え、パソコン持参で出発することにしました(幸い、デジカメで撮った写真を見る以外に、パソコンが活躍することはありませんでしたが)。

というわけで、今回の旅は、義父母と私たち夫婦の4人で、バリ島とお隣のジャワ島を巡ります。どんな旅が待っているでしょうか。次回以降をお楽しみに。

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